2014/07/06
■読みました「かもめのジョナサン完成版」リチャード・バック著、五木寛之創訳
「かもめのジョナサン」を初めて読んだのは
たしか高校生のころだった気がします。
そして今、完成版を読んでみて、
なんだかほろ苦いかんじがしました。
こちらが「かもめのジョナサン完成版」です。
クリックするとAmazonに飛びます。
かもめのジョナサン完成版
そしてこちらが旧版の新潮文庫です。
……あれ?自分の持っているのと
表紙が違うんですね。
かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)
自分が持っている新潮文庫を
今見てみると、平成18年版でした。
68刷になっていました。スゲー。
紺色に白抜きの表紙です。
『かもめのジョナサン完成版』リチャード・バック著、五木寛之創訳
産経ニュース 2014.7.5 13:00
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140705/bks14070513000003-n1.htm
■今を生き難く思っている人へ
言わずと知れた1970年代を代表する超ベストセラーですが(全世界で4千数百万部、日本で270万部)、当時、作者のバックと会った日本人に城山三郎さんがいます。城山さんは対談のために渡米したのに、バックが自身の操縦する自家用飛行機でかもめよろしく飛び回っており、まるで連絡がつかずに困ったそうです。ようやく現れた彼に、「一体、あなたはどこに住んでいるんだ?」と呆(あき)れ顔で訊(き)いたら、バックは「雲の上さ」と悠然たるものだった由。
そんなバックが飛行機事故を起こして九死に一生を得たのが一昨年のこと。それをきっかけに旧作の見直しをした結果、自由を激しく追求するかもめを描いたあの寓話(ぐうわ)に最終章を付け加えて、〈完成版〉とする決断をしました。
ジョナサンが消えた後の物語である最終章によって、これまで思わせぶりに見えていた幾つかの箇所が結末への伏線であったことが明らかになり、自由や挫折や救済についての味わいが深まりました。絶望の苦味が増して、希望がより輝いてくるのです。ここには、今を生き難く思っている人へのさまざまなヒントが詰まっています。
旧版の翻訳が刊行された40年前、〈訳者あとがき〉で五木寛之さんはこの作品に疑義を呈し、怒った読者があとがきの頁を破り捨てたという逸話があります。完成版を訳し終えて、五木さんは「ああ、バックはこれを書きたかったのかと、長年の胸のつかえが下りた気がした」と語っていました。今回も刊行後、早速ベストセラーになっています。(新潮社・本体1300円+税)
新潮社 出版部 楠瀬啓之
いまでも
私のなかの「かもめのジョナサン」のラストは、
フレッチャーの
”無限なんですね、ジョナサン、そうでしょう?”
というつぶやきでしかなくて、
もう旧版のストーリーが焼き付いてしまっています。
そして、
あらためて訳者である五木寛之氏の
旧版の解説を読んで、
その指摘の鋭さに驚かされます。
昭和49年の解説であるにもかかわらず、
五木寛之氏が物語に対する強い違和感を感じ、
抵抗感を感じつつも、
「体を灼くような関心」をもってこの”未完成な作品”を
訳しているです。
私は正直、今回の新訳が出るまで
五木寛之氏のあとがきの方が
理解できませんでした。
昭和49年に解説で
五木寛之氏が何を言わんとしているのか
いま、完成版がこの世に出現して
初めて理解できた気がします。
五木寛之氏、おそるべし。
旧版も完成版も読む価値あると思います。
いろいろな人が
いろいろなことを言っていますが、
私はまだ全然子供なので、
やっぱり旧版の方が好きです。
★ ★ ★
平成18年の旧版を開くと、本の間から
海の砂がほんの少しこぼれました。
この本を買ったのは8年前、
ちょうど私がこのブログを始める頃、
医療崩壊が現実のものとして
押し寄せてきた時のことです。
何を思って
そのころの私は「かもめのジョナサン」を買ったのでしょう?
そして、どんな気持ちで
海に行って
その本を開いたのでしょう?
もうね、
自分でも思い出せません。
ただ、本の間にあった海の砂だけが、
じっと待っていてくれたんですね。
私が再びこの本を開くのを。
”無限なんですね、ジョナサン、そうでしょう?”
★ ★ ★
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