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2008.06/16 [Mon]
■氷室冴子さん 続報 告別式
氷室冴子さんが亡くなられて
早1週間…。
なんだか、記事にしても
言葉が足りないというか、
何もかもが足りていない気が…(1)。
氷室冴子さんの
告別式について。
(4)みたいな情報を
見つけて、なんだか
溜息が出てしまいます…。
一度さだめた自分の筋は曲げず、断固として押し通り、恋と誇りとが天秤にかけられたときには、かならず誇りのほうをとる主人公たち。
そういう鮮やかさに、まさに通じている。氷室さんご本人が、あの主人公たちのような人だったのだ。
かのろぐ(Kanohlogue) (4)より
そっか、レモンか…。
かのろぐ(Kanohlogue)(4)の
レモンから下の
文章は読んでいて涙が出そうです…。
以下は、
田中二郎さんの
追悼文です(3)。
告別式の写真も載っており、
ご遺族へのメールによるご連絡先
も載っております。
生前に氷室冴子先生
ご本人が使用していた
メールアドレスだそうです。
(3)より
引用させてもらっています。
●最後のこと
お姉さんからお電話があったのが、2日(月)の昼休みでした。なんか、そういう予感がしてたのですが、まさに的中。意識がなくなったとのこと。
午後イチの仕事をおえてすぐ自宅にとってかえし、色々な準備をして病院にかけつけました。以前からご病気のことを知らされていた皆さんも来ておられました。
夕方になっても容態が落ち着いているということで、とりあえず解散かな…と思ったのですが、ずっと面倒を見てくださっていた看護士さんのお言葉に従い、残ることにしました。とりあえずその晩は私が担当ということで、一晩中手足をさすったり、アイスノンを交換したりと、お世話させていただきました。
翌日は、いったん帰られていたご友人などと交代し、私は仕事へ。夕方、ご友人から「落ち着いている」とのお電話をいただき、少し安心しました。
土日は私が泊まりで面倒をみさせていただきますとの連絡を入れたのが5日。そして6日の朝、お姉さんから電話が入りました。安らかな最後であったとのこと。すぐに知り合いの作家さんなどにも連絡を入れ、私は午後の仕事をキャンセルして、お寺に向かいました。
氷室さんは3年前に病気がわかり、それ以来、入退院をくりかえしながら治療されていました。去年の秋からは緩和ケアのある病院をメインに、抗がん剤や放射線治療を続けていました。痛みも薬でコントロールし、体力回復に努めていました。しかし、この春からは積極的な治療ではなく、緩和ケアに重点をおいた治療へとシフトしていきました。
いつかはともかく、ご自分の命が限られていることを知られてからは、お墓や戒名の手配、口座や色々な会員カードなどの整理などもなされ、ご自分の葬儀の打合せを葬儀社の人とする…というようなことまで、しっかりこなされました。決して悲観的になることなく、最善と思われる道を進まれました。
ただ、私への最後のメールでは、また何か頼みたいことがあるようなことを書かれていましたが、今となってはそれが何だったのかは、謎のままです。
6月12日記す
とにかく、
とても残念です…。
(1) 前回記事
■おくやみ 氷室冴子さん 「なんて素敵にジャパネスク」
http://med2008.blog40.fc2.com/blog-entry-187.html
(2)某掲示板
氷室冴子 9
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1212810993/l50
(3)
追悼 田中二郎
http://nerimadors.or.jp/~saeko/
告別式の写真
http://nerimadors.or.jp/~saeko/photo/
(4)
かのろぐ(Kanohlogue)
http://kanoh.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_aa1d.html
8703の部屋
http://pub.ne.jp/naomaruchan/
http://pub.ne.jp/naomaruchan/?entry_id=1462681
23383
早1週間…。
なんだか、記事にしても
言葉が足りないというか、
何もかもが足りていない気が…(1)。
氷室冴子さんの
告別式について。
(4)みたいな情報を
見つけて、なんだか
溜息が出てしまいます…。
一度さだめた自分の筋は曲げず、断固として押し通り、恋と誇りとが天秤にかけられたときには、かならず誇りのほうをとる主人公たち。
そういう鮮やかさに、まさに通じている。氷室さんご本人が、あの主人公たちのような人だったのだ。
かのろぐ(Kanohlogue) (4)より
そっか、レモンか…。
かのろぐ(Kanohlogue)(4)の
レモンから下の
文章は読んでいて涙が出そうです…。
以下は、
田中二郎さんの
追悼文です(3)。
告別式の写真も載っており、
ご遺族へのメールによるご連絡先
も載っております。
生前に氷室冴子先生
ご本人が使用していた
メールアドレスだそうです。
(3)より
引用させてもらっています。
●最後のこと
お姉さんからお電話があったのが、2日(月)の昼休みでした。なんか、そういう予感がしてたのですが、まさに的中。意識がなくなったとのこと。
午後イチの仕事をおえてすぐ自宅にとってかえし、色々な準備をして病院にかけつけました。以前からご病気のことを知らされていた皆さんも来ておられました。
夕方になっても容態が落ち着いているということで、とりあえず解散かな…と思ったのですが、ずっと面倒を見てくださっていた看護士さんのお言葉に従い、残ることにしました。とりあえずその晩は私が担当ということで、一晩中手足をさすったり、アイスノンを交換したりと、お世話させていただきました。
翌日は、いったん帰られていたご友人などと交代し、私は仕事へ。夕方、ご友人から「落ち着いている」とのお電話をいただき、少し安心しました。
土日は私が泊まりで面倒をみさせていただきますとの連絡を入れたのが5日。そして6日の朝、お姉さんから電話が入りました。安らかな最後であったとのこと。すぐに知り合いの作家さんなどにも連絡を入れ、私は午後の仕事をキャンセルして、お寺に向かいました。
氷室さんは3年前に病気がわかり、それ以来、入退院をくりかえしながら治療されていました。去年の秋からは緩和ケアのある病院をメインに、抗がん剤や放射線治療を続けていました。痛みも薬でコントロールし、体力回復に努めていました。しかし、この春からは積極的な治療ではなく、緩和ケアに重点をおいた治療へとシフトしていきました。
いつかはともかく、ご自分の命が限られていることを知られてからは、お墓や戒名の手配、口座や色々な会員カードなどの整理などもなされ、ご自分の葬儀の打合せを葬儀社の人とする…というようなことまで、しっかりこなされました。決して悲観的になることなく、最善と思われる道を進まれました。
ただ、私への最後のメールでは、また何か頼みたいことがあるようなことを書かれていましたが、今となってはそれが何だったのかは、謎のままです。
6月12日記す
とにかく、
とても残念です…。
(1) 前回記事
■おくやみ 氷室冴子さん 「なんて素敵にジャパネスク」
http://med2008.blog40.fc2.com/blog-entry-187.html
(2)某掲示板
氷室冴子 9
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1212810993/l50
(3)
追悼 田中二郎
http://nerimadors.or.jp/~saeko/
告別式の写真
http://nerimadors.or.jp/~saeko/photo/
(4)
かのろぐ(Kanohlogue)
http://kanoh.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_aa1d.html
8703の部屋
http://pub.ne.jp/naomaruchan/
http://pub.ne.jp/naomaruchan/?entry_id=1462681
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氷室先生の魂は、永久に不滅です!
med様
「どうしたんでしょう……涙が、止まりません!」とは、覚えている限り氷室先生とはまったく関係のない、アニメ・超時空要塞マクロス・映画版「愛おぼえていまいますか」のヒロインのセリフですが、どこか氷室作品の中でも、読んだ記憶がして仕方がありません。
「海がきこえる」だったかなァ〜、とか思いながら御紹介いただいた記事を、次々と読み、コメントさせていただきました。
本当に、「もう続編が読めなくても、新刊が出なくてもいい、そこに氷室先生がいて下されば!」これが、今回の最大で、最高で、そして本音です。
先生は仰っていたではないですか!それも、御自分の著作のタイトルで……『少女小説家は死なない!』と。氷室先生はその作品と共に、生き続けていらっしゃると信じます。その作品を新しくマンガ化する、新しいマンガ家達と共に、その作品に影響受けて、知らずに先生の拓かれた道を歩む、新しい作家達と共に、氷室先生の魂は永久に不滅と信じます!
心から御冥福と、今後のその魂の新しい活躍を信じて、今回は失礼させていただきます。