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■開業つれづれ:「佐藤章 福島医大名誉教授を悼む」

医療関係者に

大きな爪痕を残した

「福島県立大野病院事件」(1)。





教え子の裁判にあたって

「周産期医療の崩壊をくい止める会」

を発足させ、

陣頭指揮にあたった佐藤教授。

その佐藤教授が6月28日に

お亡くなりになられました。

享年66歳。




ご冥福をお祈りいたします。








Vol. 243 佐藤章 福島医大名誉教授を悼む

医療ガバナンス学会 (2010年7月22日 07:00)

http://medg.jp/mt/2010/07/vol-243.html

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。


2010年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


 7月11日の参議院選挙では民主党が大敗し、国会はねじれ状態となりました。2007年7月の参院選がねじれを生み、政権交代へ繋がったわけですから、永田町は次の秩序を求めて「迷走」するでしょう。
  2007年の参議院選挙で医療は争点でした。そして、そのきっかけを作ったのは、2006年3月に起訴された

福島県立大野病院事件でした。

6月28日、この問題に取り組んだ福島県立医科大学 佐藤章名誉教授(産婦人科)が亡くなりました。享年66歳

でした。今回は、佐藤名誉教授のことをご紹介させていただきます。

【多くの弟子たちに見送られた葬儀】

 7月4日に福島市内で告別式が行われ、私も参列しました。晴れているのに、大粒の雨が降る不思議な天気でした。私は東京から新幹線で福島入りしましたが、新幹線の車中には喪服の人が目立ちました。佐藤教授の葬儀に全国から集まった方々でした。薄々は予想していましたが、葬儀場に到着すると入りきれないほどの参列者がいました。花輪は会葬所の外にまで溢れ、私が経験した中で最大級の葬儀でした。
 会葬者には、福島医大や産婦人科学会の幹部たちに加え、教え子たちの姿が目立ちました。供花には、クリニック院長、地元病院院長・部長などの名前が添えられていました。佐藤教授の訃報を聞き、全国から駆け付けたようです。
 当日は政治家の参列も目立ちました。参院選挙戦の真っ只中にもかかわらず、仙谷由人官房長官は通夜に、鈴木寛文科副大臣は葬儀に参列しました。足立信也 厚労大臣政務官や舛添要一 前厚労相からは大きな花輪が届いていました。参議院選挙の選挙戦中に議員たちが、地元以外に足を運ぶなど常識では考えられません。彼らは、社交辞令ぬきに、佐藤教授を尊敬しているのでしょう。

【藤森敬也 福島医大産科婦人科教授の弔辞】

 告別式は読経、引導と粛々と進み、クライマックスは5人の医師による弔辞でした。特に、佐藤教授の後任である藤森敬也氏の弔辞は素晴らしいものでした。藤森教授は、教え子77人を代表して、佐藤教授への思いを述べました。
  1994年、当時不治と言われた重症男性因子不妊症を、顕微授精法により我が国で初めて治療したことを挙げ、佐藤教授が一流の研究者であることを報告しました。確かに、米国国立医学図書館のデータベース(PUBMED)をサーチすると、佐藤教授が発表した多くの英文論文を閲覧できます。佐藤教授は、福島から世界に発信しつづけたようです。
 話題は研究だけに留まりませんでした。野球と酒を愛した佐藤教授が、医局員に対し家族のように接していたエピソードが紹介されました。医局対抗野球で何回も優勝し、このような課外活動を通じ「佐藤一家」の絆は強まったようです。野球が好きだった佐藤教授は、前夜にどんなに深酒しても、翌朝の練習には遅れなかったようです。話が進むにつれ、藤森教授も感極まったのか涙声となり、多くの参列者ももらい泣きしました。

【福島県立大野病院事件と周産期医療の崩壊をくい止める会】

 私と佐藤教授のお付き合いのきっかけは、福島県立大野病院事件でした。逮捕された加藤克彦医師は佐藤教授の教え子です。
 この事件は医療界に衝撃を与えました。しかし、医療界の反応はイマイチでした。当局に腰が引けたのか、「静観する」などのコメントで、お茶を濁していました。このような状況の中、佐藤教授が立ち上がりました。

  2006年3月、「周産期医療の崩壊をくい止める会」を立ち上げ、会長に就任しました。このとき、海野信也 北里大学産婦人科教授、鈴木真 亀田総合病院産科部長たちとともに、私も事務局を手伝いました。東京のホテルに集まり作戦を練った日のことを、昨日のように思い出します。
 加藤医師支援活動は急速に広がり、わずか1週間程度で6520人の署名が集まりました。3月17日には川崎二郎厚労大臣(当時)に面談し、署名を手渡すと同時に、衆議院会館で記者会見を行いました。佐藤教授が逮捕の問題点を、海野教授が産科崩壊の実情を訴えました。

記者の多くは、事態の深刻さを改めて認識

したようで、

新聞の論調は「医療ミス」から「産科医療崩壊」や「お産難民」

に変わりました。
 政治家たちも立ち上がりました。同日の衆院厚労委院会では仙谷由人氏が質問にたち、無謀な刑事訴追が産科医療を崩壊させる危険性を主張しました。この質問に呼応したのが、舛添要一氏、鈴木寛氏、足立信也氏、枝野幸男氏らです。彼らは国会質問を繰り返し、大野病院事件は国会でも重要課題となりました。

【福島地裁 公判】

 2007年1月26日に公判が始まってからは、佐藤教授は福島地裁に欠かさず足を運び、朝から傍聴の列に並びました。
 この裁判には多数の専門家が出廷し、自らの意見を述べています。例えば、東北大学 岡村州博 産婦人科教授や、胎盤病理に詳しい中山雅弘 大阪府立母子保健総合医療センター検査部長らが挙げられます。
 佐藤教授は、専門家として裁判のやりとりを検証し、周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページで公開しました。裁判の実態が公開されることは珍しく、当局は気が抜けなかったでしょう。
 このような活動をメディアが大きく報道したため、国民の関心も高まりました。2008年8月20日、加藤医師に無罪判決がくだった際には、テレビのテロップで速報が流れました。一連の報道を通じ、裁判の情報公開が進み、問題点が正確に認識されるようになっていました。
 福島地裁判決後は、検察の対応に国民の関心が集まりました。8月28日、周産期医療の崩壊をくい止める会は控訴取りやめを求めて、6873名の署名と意見書を保岡興治法務大臣、樋渡利秋 最高検察庁・検事総長らに送付しました。今回も、短期間に多くの署名が集まりました。
 また、超党派の医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟(会長: 尾辻秀久元厚労大臣)も、保岡興治法務大臣及び舛添要一厚労大臣に控訴取りやめ要望書を提出しました。当日は、尾辻秀久議員に加え、仙谷由人、世耕弘成、鈴木寛、足立信也、小池晃議員が同行しました。
 このような世論におされる形で、8月29日、福島地検は控訴断念を発表し、無罪が確定しました。

【妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動】

 佐藤教授の本領発揮は、これからです。「周産期医療の崩壊をくい止める会の活動を、これで終わらせてはご遺族も救われない」と言って、妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動を立ち上げました。以下は佐藤教授の言葉です。
「医療には限界があるという現実と、我々だってご遺族に寄り添いたいんだという気持ちを分かってもらうにはどうしたらよいだろうと考えた時、百万言を費やすより行動で示すべきだと思っていました。ただ、そうは言っても刑事裁判が続いている間は迂闊な行動もできないわけで、幸い一審だけで決着がついたので、今回の活動を始めることにしました。医師が一生懸命ミス無く医療を行っても、助けられない現実がある。それを医師にミスがあったかどうか、という次元に留まっていては、第二第三の大野病院事件が必ず発生してしまいます。ですから、私はこの周産期医療の崩壊をくい止める会では、その先の次元に進むことができるような活動をしたいと思ったのです。」
 2010年6月現在、既に数組の遺族に募金が手渡されました。ご遺族との関係も良好なようです。
 ちなみに、このような活動は世界でも類を見ません。本年、米国内科学会(American College of Physicians, ACP)は、世界各地で社会貢献活動を行った会員におくる『Volunteerism and Community Service Award』に、周産期医療の崩壊をくい止める会で中心的役割を果たした小原まみ子氏(亀田総合病院 腎臓高血圧内科部長)、湯地晃一郎氏(東京大学医科学研究所 内科助教)を選びました。両名は4月28日からカナダのトロントで開催された同学会総会に招待され、特別表彰されています。佐藤教授の信念は米国の医師たちにも通じたようです。

【叶わなかった現場復帰の夢】

 2009年になって、佐藤教授の癌が判明しました。24年間勤め上げた福島県立医大を退官し、大野病院事件裁判も一段落したため、一産科医としてお産の現場で働くことを楽しみにしていた矢先だったようです。それから1年あまりの闘病ののち亡くなりました。最期まで産科医療の行く末を案じていたと言います。
 大野病院事件裁判、それをきっかけとした産科医療崩壊が、佐藤教授に多大なストレスをかけたことは想像に難くありません。もし、佐藤教授がいなければ、かつて米国が経験したように、我が国の産科医療は完全に崩壊していたことでしょう。佐藤教授の献身的な振る舞いに感謝するとともに、ご冥福を祈りたいと思います。





こちらが

「周産期医療の崩壊をくい止める会」

のHPです。




周産期医療の崩壊をくい止める会 

ホームページ

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

お知らせ

当会代表の佐藤章先生が、お亡くなりになりました。

福島県立大野病院事件で当会を立ち上げた頃、県の要請により教え子を「一人医長」として赴任させざるをえなかったご心痛と、その後の逮捕起訴のご心労で、かなりおやせになっておられました。

署名活動や陳情活動を通じて、医療現場において全力の治療を施しても助けられない状況があること、医師個人の刑事責任ではなく現在の地方僻地医療が抱える医療政策、医療マネジメントの問題であること、真の再発防止策の必要性を訴えられました。

佐藤教授の心からの呼びかけが、大野病院事件に対する世間の認識を変えるきっかけとなったと思います。

その後の公判には、福島地方裁判所に欠かさず足を運び、裁判内容を専門家として検証され、このホームページなどで公開されました。

無罪判決後に、会の活動をそれで終わらせてはご遺族も救われない、と、妊産婦死亡のご家族を支援する募金活動を立ち上げられました。

産科医の佐藤章先生の、妊婦さんと赤ちゃんに対するやさしい思いに、心うたれました。そして医療者と妊婦側ご遺族との信頼関係をつくる、地道な支援活動を続けてこられました。

ご病気(がん)がわかったのは、それからほどなくだったと記憶しております。

福島県立医大の退官講義では、「裁判やらを離れて、お産の神秘について思う存分語りたい、講義内容を考えるのがすごく楽しい」と笑顔でおっしゃっておられました。

医療崩壊が叫ばれましたが、佐藤章先生は、まさに医療崩壊をくい止めるために渾身の力をふるわれました。

ご冥福をお祈りいたします。

佐藤章先生のご遺志をひきつぎ、心をひきしめ、今後も周産期医療の崩壊をくい止める会の活動を続けて参ります。

  一同         2010年6月29日








私はこの「福島県立大野病院事件」の

報道を見て、

地方の科のトップとして働いていた私は

…ああ、これが日本の医療のターニングポイントだ…

と思いました。






率直に言って、

命を削って医療に注ぎ込んで、

どれほど頑張っても

ワンミスで手錠がかけられる国なんだ、

それをマスコミも国民も国も望んでいるんだ、

そんな思いから、開業を決意いたしました。






その最前線で、検察と戦っていた方々の

心労は察するに余りあります。



教授自ら国や検察に対抗するような

「周産期医療の崩壊をくい止める会」

をつくり、メディアに露出し

現場の過酷な労働環境について訴えていくことは

本当に大変だったと思います。







ネットでは「理想の親分」とか

「うちの教授はゼッタイこんなことしねー」

とかいろいろな話が散見されていました。






この事件で

日本医療と

国民、マスコミの意識は

動きはじめました。

どこへ向かうかはわかりませんが。






故人のご冥福をお祈りいたします。

合掌。

















(1)
【福島県立大野病院・産婦人科医不当逮捕事件 目次】
http://ameblo.jp/med/entry-10024180525.html











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コメント

うらやましい

同じ事があっても、うちの教授は絶対に部下を守らない

良い人材ばかり日本から消えていく
政治家の中川さんやこの教授、、。

年齢的なことだけど

人っていったい何歳まで医師として頑張れるんだろう。
自分の今の年齢で医学部を受験したとしても、卒業して研修医を終えたらもう、かなりな年齢なわけで、そうなると体力的には当直はきついし、外科だと手が震えたりしたら厳しい。日野原先生を見てるとまだ弱気になるには若いかなと思う反面、自分が中途半端なちょっかいを現場に持ち込むことには、おこがましさと自己嫌悪を感じてしまうんだ。
佐藤教授まだ若いよ。お子さんがいたらこれから結婚して、爺としてかわいい孫に、科学的、医学的なものの観察の仕方とか教えたりできたし、教え子に純粋な知識の分かち合いをしたりしたかっただろうなと思う。
アットホームな家族的な情をかけることのできる指導者って、それだけでも自分の場合、上司にいると頑張って成果を見せたいし、とことんやって成長してるのを見て欲しいと思うので残念です。
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大学から地域(僻地ともいう)の救急医療で疲弊しました。
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田舎で開業、借金は天文学的数字に。


今は田舎で開業して院長になりました。
でも、教授に内緒で開業準備していたころのハンドルネーム”中間管理職”のままでブログを運営してます。

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